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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)9563号 判決 1984年11月26日

甲事件原告 (以下、原告という。)

柳田常男

甲事件原告 (以下、原告という。)

柳田允子

甲事件原告 (以下、原告という。)

柳田誠信

甲事件原告 (以下、原告という。)

柳田緑映

甲事件原告 (以下、原告という。)

柳田協久

甲事件原告 (以下、原告という。)

柳田憲成

甲事件原告 (以下、原告という。)

柳田智弘

右七名訴訟代理人

正木丈雄

乙事件原告 (以下、原告という。)

株式会社名神興産

右代表者

大内康國

右訴訟代理人

里見和夫

松本健男

井上英昭

甲田通昭

田中泰雄

甲・乙事件被告(以下、被告という。)

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

中本敏嗣

棚橋満雄

外六名

乙事件被告 (以下、被告という。)

東海観光株式会社

右代表者

彦坂正

右訴訟代理人

鈴木稔充

主文

一  原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。

二  被告東海観光株式会社は、原告株式会社名神興産に対し、金三五三五万円及びうち金三一〇〇万円に対する昭和五三年一二月二五日から、うち金四三五万円に対する昭和五七年二月二日から各支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用中原告らと被告国間に生じた分は原告らの負担とし、原告株式会社名神興産と被告東海観光株式会社間に生じた分は被告東海観光株式会社の負担とする。

四  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  甲事件

1  原告柳田常男以下七名(以下、原告柳田らという。)

(一) 被告国は、原告柳田常男に対し、金二四七万七〇九八円及びうち金二二〇万五六七〇円に対する昭和五六年一二月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被告国は、原告柳田允子に対し、金二五四万一九五七円及びうち金二二七万五二九円に対する昭和五六年一二月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 被告国は、原告柳田誠信に対し、金五〇〇万一九三二円及びうち金四七三万五〇三円に対する昭和五六年一二月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 被告国は、原告柳田緑映に対し、金五〇〇万二〇一二円及びうち金四七三万五八三円に対する昭和五六年一二月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(五) 被告国は、原告柳田協久に対し、金五〇〇万一八二八円及びうち金四七三万三九九円に対する昭和五六年一二月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(六) 被告国は、原告柳田憲成に対し、金五〇〇万一二九〇円及びうち金四七二万九八六一円に対する昭和五六年一二月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(七) 被告国は、原告柳田智弘に対し、金五〇〇万一八二八円及びうち金四七三万四〇〇円に対する昭和五六年一二月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(八) 訴訟費用は被告国の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

2  被告国

(一) 原告柳田らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告柳田らの負担とする。

との判決並びに請求認容の場合には担保を条件とする仮執行免脱宣言。

二  乙事件

1  原告株式会社名神興産(以下、原告名神興産という。)

(一) 被告国は、原告名神興産に対し、金三五三五万円及びこれに対する昭和五四年一月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 主文第二項同旨。

(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

2  被告国

(一) 原告名神興産の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告名神興産の負担とする。

との判決並びに請求認容の場合には担保を条件とする仮執行免脱宣言。

3  被告東海観光株式会社(以下、被告東海観光という。)

(一) 原告名神興産の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告名神興産の負担とする。

との判決。

第二  甲事件の当事者の主張

一  原告柳田らの請求原因

1  柳田雄三及び原告柳田常男は、昭和五〇年一一月一〇日、柴原工業株式会社(以下、柴原工業という。)から別紙物件目録記載の各土地(以下、本件各土地という。)を買受け、それぞれ二分の一の割合で共有することにし、同月二〇日、その旨の所有権移転登記を経由した。柳田雄三は、昭和五一年一一月二三日死亡したため、相続により、同人の本件各土地の共有持分を、同人の妻の原告柳田允子が三〇分の五、子の原告柳田誠信、同柳田緑映、同柳田協久、同柳田憲成、同柳田智弘がそれぞれ三〇分の二ずつ取得し、本件各土地につき昭和五三年一月一八日、その旨の相続登記を経由した。

2  浅尾鑛太郎及び堀川清人らは、昭和五三年一二月二一日、原告柳田らの意思に基づかずして、いずれも偽造にかかる柴原工業から柳田雄三、原告柳田常男へ本件各土地を売渡した旨の登記済権利証(以下、本件(一)登記済権利証という。)、原告柳田常男を除くその余の原告六名が柳田雄三から同人の本件各土地の共有持分を相続した旨の登記済権利証(以下、本件(二)登記済権利証という。)、原告柳田らの印鑑証明書、右原告ら名義の委任状を添付した登記申請書により、大阪法務局今宮出張所(以下、今宮出張所という。)に対し、本件各土地につき原告柳田らから被告東海観光への売買を原因とする不実の登記を申請し、右申請が受理された結果、本件各土地につき今宮出張所同日受付第二四九六三号所有権移転登記(以下、本件(一)所有権移転登記という。)が経由された。さらに、その後、本件各土地につき被告東海観光から原告名神興産への同月二二日売買を原因とする今宮出張所同月二五日受付第二五三二七号所有権移転登記(以下、本件(二)所有権移転登記という。)が経由された。

3  登記官の過失

本件(一)所有権移転登記の登記申請書に添付されていた本件(一)(二)各登記済権利証に押捺されていた登記済印(以下、本件登記済印という。)、庁印(以下、本件庁印という。)、順位番号印(以下、本件順位番号印という。)はいずれも偽造にかかるものであり、本件登記申請は却下すべきものであるにもかかわらず、今宮出張所登記官は、本件登記済印、庁印、順位番号印がいずれも偽造にかかるものであることを過失によつて看過し、本件登記申請を受理したものである。右過失の点を細説すれば次のとおりである。

(一) 登記官の注意義務

(1) 登記官は、登記申請の形式的適法性を調査する職務権限を有し、申請者が適法な登記申請の権利、義務者またはその代理人であるか否か、登記申請書及び添付書類が法定の形式を具備しているか否か等を審査しなければならず、その審査に当つては、添付された書面の形式的真否を、添付書類、登記簿、印影の相互対照、不動産登記事務取扱手続準則(民事局長通達、以下準則という。)に定める印版の押印の有無、その押印された所定の印版の形状の確認などによつて判定し、これによつて判定しうる不真正な書類に基づく登記申請を却下すべき注意義務がある。そして、登記申請書類中には登記済権利証が含まれるから、その審査についても右と同様の注意義務が要求される。

(2) 登記官は、右注意義務を果すためには、自らの所属する当該法務局出張所における過去、現在の使用登記済印、庁印、順位番号印等の印版の形状、寸法等を熟知していなければならない。

(3) 本件不実登記申請行為が行なわれた数か月前から、大阪法務局管内の法務局出張所において、本件と同種手口による不実登記の申請を登記官が看過しこれを受理するという事件が多発したので、大阪法務局は、昭和五三年一一月末から同年一二月初めにかけて管内の地方法務局に注意を喚起するとともに、同月一日ころ、大阪府下の法務局支局長、出張所長会同を開き、同種事件の防止を指示した。さらに、今宮出張所においては、本件不実登記申請行為の六日前である同月一五日、本件と同種手口による不実登記申請事件(以下、長田事件という)が発覚し、その後同出張所登記官(本件不実登記を審査した中村忠三、山藤長三郎登記官を含む。)が長田事件の偽造登記済権利証に押捺されている順位番号印、登記済印、庁印、日付印、受付番号印と真正なものの印影とを詳細に照合調査したことがあり、このような特段の事情があつたのであるから、なおさら本件不実登記の審査にあたつた登記官は、これらの事情のない通常の場合に比し、より以上にその登記申請についての審査を慎重にし、不真正な書類に基づく登記申請を却下すべき注意義務がある。

(二) 偽造の印影は真実の印影と相違し、肉眼で右相違を発見し得た事実

(1) 本件登記済印と、本件(一)登記済権利証に作成日付として記載されている昭和五〇年一一月二〇日、本件(二)登記済権利証に作成日付として記載されている昭和五三年一月一八日の各当時の今宮出張所の真正な登記済印とを比較すると、本件登記済印は、矩形の四隅がいずれも円弧状の曲線であるのに対し、真正の登記済印はほぼ直角であり、また、本件登記済印の枠の線は内部の区画線の二倍程度の太さにすぎないが、真正の登記済印の枠の線は内部の区画線の三倍ないし五倍程度の太さがある。次に、本件庁印と、今宮出張所の真正な庁印とを比較すると、本件庁印は、文字の太さが枠の線の太さに比し半分程度の細い字体であるが、真正な庁印は、文字の太さが枠の線とほぼ同等もしくは若干細いといつた程度の印象を受けるものであり、さらに、本件庁印の文字は全体に丸味を帯びているが、真正な庁印の文字は右に比し全体に角張つている。右のとおり、本件登記済印及び庁印は、真正なものの印影とは一見して明らかに異なつているのであるから、登記官において真正の印影の認識を有している限り、本件登記済印及び庁印の印影を肉眼で見ただけでこれが偽造のものであることを容易に発見し得た。

(2) 本件順位番号印はと不動文字が刻印された印版であるのに対し、今宮出張所の真正な順位番号印はと刻印された印版で、本件順位番号印に使用されている「」という文字は登記実務上使用されることはなく、また、本件順位番号印は縦の長さが約4.69センチメートル、横の長さが約0.79センチメートルであるのに対し、真正な順位番号印は縦の長さが約4.90センチメートル、横の長さが約0.85センチメートルであり、本件順位番号印は、真正な順位番号印に比してかなり小さな印象を受けるところ、準則七一条は、順位番号印は今宮出張所の真正な順位番号印と同様の印版(準則附録五五号様式印)を押印すべきことと定めており、現に、今宮出張所においても本件順位番号印のような様式の印版は使用されていない。さらに、件不実登記申請は、今宮出張所における前記不実登記申請事件の直後になされたものであるが、右不実登記申請事件における偽造登記済権利証に押捺されていた順位番号印には、本件順位番号印と全く同一の様式と文字が使用されており、今宮出張所の前記登記官は偽造登記済権利証について種々の観点から真偽、相違事項を調査していた。右のとおり本件順位番号印と真正の順位番号印の印影は一見して明らかに異なつている上に、直前の同種事件で偽造の順位番号印のことを知つていたのであるから、登記官は本件不実登記申請の審査に際して、わずかな注意を払うことにより、極めて容易に本件順位番号印が偽造であることを発見し得た。

(三) 登記官が右相違を看過した事実

しかるに、本件(一)所有権移転登記申請を受付けた今宮出張所登記官は、本件登記済印、庁印、順位番号印の確認照合を怠り、これらの印影が前記のとおり真正の印影と相違することを漫然看過し、本件登記済印、庁印、順位番号印が偽造にかかるものであることを発見し得なかつた。

4  登記事務を担当する登記官は被告国の公権力の行使に当る公務員であり、今宮出張所登記官の右行為はその職務を行うにつきなされたものであるから、被告国は、これにより原告柳田らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

5  損害

原告柳田らは、今宮出張所登記官が前記過失によつて本件(一)所有権移転登記を完了したことにより次の損害を被つた。

(一) 弁護士費用 合計一一九〇万円

原告柳田ら七名平等負担につき各原告一七〇万円宛

(1) 原告柳田らは、本件(一)所有権移転登記及びその後の本件(二)所有権移転登記の抹消登記手続をするために、原告名神興産を相手方として本件各土地の処分禁止の仮処分申請をなして、右仮処分決定を得たうえ、原告名神興産及び被告東海観光に対し、本件(一)(二)各所有権移転登記の抹消登記手続請求訴訟を提起したが、右仮処分申請及び訴訟の提起、追行を弁護士岡時寿に依頼した。原告柳田らは、昭和五六年二月二五日、右訴訟において勝訴判決(同年三月一五日確定)を得、岡弁護士に対し、右仮処分及び訴訟の着手金、報酬として合計一〇〇〇万円を支払つた。

(2) 本件訴訟の事案の内容、性質に鑑み、原告柳田ら訴訟代理人に対する着手金及び報酬は、一九〇万円が相当である。

(二) 印紙、郵券代 合計七八万二六〇〇円

原告柳田ら平等負担につき各原告一一万一八〇〇円宛

原告柳田らは、前記仮処分及び訴訟(本件訴訟は含めず、以下同じ。)について、登録免許税、申立書貼用印紙、送達料等予納郵券として合計七八万二六〇〇円を支出した。

(三) フィルム、写真代 合計一一万八〇九〇円

原告柳田ら平等負担につき各原告一万六八七〇円宛

原告柳田らは、前記仮処分、訴訟について、今宮出張所における本件(一)所有権移転登記申請書類の写真撮影、本件各土地の現場写真撮影等の費用として一一万八〇九〇円を支出した。

(四) その他諸雑費 合計二万六九〇五円

原告柳田ら平等負担につき各原告三八四三円宛

原告柳田らは、前記仮処分、訴訟のため謄本取得手数料金三六〇〇円、本件各土地への第三者の占有侵奪を妨ぐための錠前、看板代金一万八五〇〇円及びその他雑費四八〇五円合計二万六九〇五円を支出した。

(五) 昭和五四、五五年度の固定資産税等合計二四一万二一〇〇円

原告柳田ら平等負担につき各原告三四万四五八五円宛

原告柳田らは、昭和五三年一二月一二日、大阪東三菱自動車に対し、本件各土地及びその地上建物(現況は朽廃して廃屋の状況にある。)を代金一億九八〇〇万円、所有権移転登記申請期日昭和五四年一月末日の約定で売却したが、本件(一)所有権移転登記がなされたため、右取引は履行不能となり、原告柳田らは、本件各土地及び地上建物についての固定資産税、都市計画税として、昭和五四年度分一一八万二六五〇円、昭和五五年度分一二二万九四五〇円合計二四一万二一〇〇円の支払を余儀なくされた。

(六) 租税特別措置法三九条の特例の不適用による損害

原告柳田らのうち原告柳田常男を除く原告六名は、昭和五一年一一月二三日、柳田雄三の本件各土地及び地上建物の共有持分を相続により取得したものであるが、前記(五)の売買契約が履行されていれば、租税特別措置法三九条に定める相続財産にかかる譲渡所得の課税の特例措置の適用を受けることができた。しかるに、前記のとおり、右売買契約の履行が不能となり、かつ右履行不能の事由は昭和五四年五月二三日までには解消されなかつたため、右原告六名は、右売買契約に関して相続財産に係る譲渡所得の課税の特例措置の適用を受けられない結果となり、次のとおりの損害を被つた。

原告柳田允子  六万四八五九円

原告柳田誠信 二五二万四八三四円

原告柳田緑映 二五二万四九一四円

原告柳田協久 二五二万四七三〇円

原告柳田憲成 二五二万四一九二円

原告柳田智弘 二五二万四七三〇円

(七) 慰藉料 各原告三〇万円宛

原告柳田らは、今宮出張所登記官の本件不法行為により甚大な精神的苦痛を被つた。右精神的損害は、原告各人につき三〇万円を下らない。

6  よつて、原告柳田らは、被告国に対し、国家賠償法一条に基づき、それぞれ別表総合計欄記載の各金員及び右金員から本件訴訟の弁護士費用(原告柳田常男、同柳田允子、同柳田智弘につき各二七万一四二八円、その余の原告四名につき各二七万一四二九円)を除いた金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年一二月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告国の認否及び主張

1  請求原因1の事実のうち、本件各土地につき原告柳田ら主張の所有権移転登記、相続登記が経由されたことは認め、その余の事実は不知。

2  同2の事実のうち、本件各土地につき本件(一)(二)各所有権移転登記が経由されたことは認め、その余の事実は不知。

3  同3の冒頭の事実のうち、本件登記済印、庁印、順位番号印がいずれも偽造にかかるものであることは認め、その余の事実は否認し、右登記官に過失があつたとの主張は争う。

(一)(1) 同3(一)(1)の登記官の注意義務に関する主張は認める。

(2) 同3(一)(2)の登記済印等の熟知義務に関する主張は争う。

(3) 同3(一)(3)の事実のうち、本件不実登記申請行為が行われた数か月前に、大阪法務局管内の法務局出張所において偽造登記済証による不実登記申請事件が発生したこと、今宮出張所において、本件不実登記申請行為前に不実登記申請事件が発覚し、同出張所登記官(本件不実登記を審査した中村忠三、山藤長三郎登記官を含む。)が右不実登記申請事件の偽造登記済権利証に押捺されていた受付番号印と真正な受付番号印とを照合調査したことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

(二)(1) 同3(二)(1)の事実は否認し主張は争う。

(2) 同3(二)(2)の事実のうち、本件順位番号印及び今宮出張所の真正な順位番号印の印影が原告柳田ら主張の如き印版様式であること、準則七一条によつて順位番号印の様式が定められていることは認め、その余の事実は否認し主張は争う。

(三) 同3(三)の事実は否認する。

4  同4の事実のうち、登記事務を担当する登記官が被告国の公権力の行使に当る公務員であることは認め、その余の事実は否認する。

5  同5の冒頭の主張は争う。

(一) 同5(一)の事実のうち、原告柳田らは本件(一)(二)各所有権移転登記の抹消登記手続をするために、原告名神興産を相手方として本件各土地の処分禁止の仮処分申請をなして、右仮処分決定を得たうえ、原告名神興産及び被告東海観光に対し、本件(一)(二)各所有権移転登記の抹消登記手続請求訴訟を提起し、昭和五六年二月二五日、右訴訟において勝訴判決を得、右判決は同年三月一五日確定したこと、原告柳田らは右仮処分申請及び訴訟の提起、追行を弁護土岡時寿に依頼したことは認め、その余の事実は不知。

(二) 同5(二)ないし(七)の事実は不知。

6  被告国の主張

(一) 登記官の注意義務

登記官は、登記申請書を受取つたときは、登記申請の形式的適法性の調査をなすべく、申請者が適法な登記申請の権利、義務者またはその代理人であるか否か、登記申請書及び添付書類が法定の形式を具備しているか否か等を審査しなければならないが、その審理にあたつては添付された書面の形式的真否を、添付書類、登記簿、印影の相互対照などによつて判定し、これによつて判定しうる不真正な書類にもとづく登記申請を却下すべき注意義務を負う。そして、添付書類の中には登記義務者の権利に関する登記済証が含まれるが、登記済証に押捺されている登記済印及び庁印の印影と真正な登記済印及び庁印の印影との照合義務の具体的内容及び程度は、不動産の登記に公信力がなく、かつ、登記手続が比較的迅速に処理されるべき要請がある実情に鑑みるとき、担当の登記官は右両印影の照合調査を行う場合、原則として両者の印影を肉眼により近接照合してその同一性を判別すれば足り、ただ、右の方法による同一性の判別につき疑義が生じた場合にのみ、さらに拡大鏡を使用し、あるいは、両者を重ね合せたうえ照明透視するなど、より確度の高い精密な方法により彼此の同一性を審査すべき注意義務が存する。したがつて、担当の登記官は常に前記拡大鏡使用などの義務が課せられているわけではなく、肉眼照合により印影の大きさ、型、字体等に差異がないかどうかを検討しその相違が一見明瞭であるとはいえないものについては、肉眼照合をもつて足りると言うべきである。

(二) 登記済印及び庁印の各印影について

本件登記済印、庁印の印影と、本件当時今宮出張所で使用されていた三個の登記済印の印影、庁印の印影とを比較対照すると、いずれも、両印影は、写出された文字、字体、配列が同一であり、印影全体の大きさ、形状、各文字の大きさ、形状、空間の取り具合等についても顕著な差異は認められず、また、線の太さについては、両印影を慎重に重ね合わせるか、厳密に計測するかしない限り微妙な差を肉眼照合によつて直ちに識別することが不可能なことは明らかであり、さらに、形状についても、同一印版であつても、押捺するときの印版についた朱肉の厚薄、押す力の方向、強弱、印画へのゴミの付着状況、押捺する紙面の下にある物体の状態等によつて、印影は微妙に変化し、多少の相違は通常避けられないことは経験上明らかであつて、両印影は肉眼では識別困難な程度に酷似しており、登記官に要求される通常の注意をもつてしては、一見して両印影が相異なるものであることを発見することは極めて困難である。

(三) 順位番号印について

原因証書または申請書副本については、不動産の表示の下部に順位番号印を押捺し、該当欄に記載するものとされているが、事務繁忙のあまり、事務の渋滞を防ぐため、順位番号印の押捺を省略したり、順位番号の記載そのものを省略したりすることが事実上行なわれているうえ、金融機関、不動産業者、司法書士等によつては、登記所が順位番号の記載を省略しないよう、原因証書の不動産の表示の下部に本件(一)(二)登記済権利証に押捺されているような順位番号記載のための印判をあらかじめ押捺しておいたり、あるいは不動文字で印刷しておいたりすることがあり、そのような場合は、大量の登記事務を渋滞なく迅速に処理するため、便宜上右印影等を利用して順位番号を記載することが事実上行なわれている。以上のことから、登記済証の調査において、順位番号の調査は、登記官にとつてそれほどの重要性を有していないだけでなく、調査の内容も、その記載内容、すなわち番号が登記簿の記載と合致するかどうかについてなされるのであつて、順位番号記載のための印判は、実際上異なるものもあり得る以上、登記官において特別の注意を引くものではない。

(四) 過失の不存在

本件(一)(二)登記済権利証は、前記のとおり、登記済印及び庁印の印影の肉眼照合、順位番号記載のための印判の各点においても、登記官において偽造であることを直ちに看取しうるものでないことはもちろん、その真偽につき疑いを生じさせるようなものでもない。さらに、本件は、登記済権利証だけでなく、印鑑証明書、実印までも最新の高度の技術を駆使して、特別精緻、巧妙に偽造されたものであり、登記官に要求される通常の注意をもつてしては、偽造を到底看破することのできない特異な事例であつて、本件(一)(二)登記済権利証を真正なものとして取扱つた登記官に注意義務を怠つた過失はない。

第三  乙事件の当事者の主張

一  原告名神興産の被告国に対する請求

1  請求原因

(一) 原告名神興産は、昭和五三年一二月二二日、被告東海観光から本件各土地を代金一億一〇〇〇万円で買受け、同被告に対し、同日九〇〇万円(辻井石油株式会社が被告東海観光に支払つていた手付金を流用することを合意した。)を、同月二五日に現金三〇〇万円と保証小切手で二八〇〇万円、約束手形で七〇〇〇万円を支払い、同日、本件各土地につき本件(二)所有権移転登記を経由した。

(二) ところが、本件各土地のもとの所有者であつた原告柳田らは、同人らから被告東海観光への本件(一)所有権移転登記は、同人らが全く関知しないうちに偽造の登記済権利証、印鑑証明書等を用いてなされたものであるから無効であり、右無効な登記を有効なものと誤信してなされた被告東海観光から原告名神興産への本件(二)所有権移転登記も無効であるとして、所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟を提起し、昭和五六年二月二五日、右訴訟において勝訴判決を得た。右判決は、同年三月一五日確定し、本件(一)(二)所有権移転登記は全部抹消された。

(三) 登記官の過失

(1) 登記官の注意義務

(ア) 登記官は登記申請に関する書類の形式的適法性を調査する職務権限を有し、その審査にあたつては、添付された書面の形式的真否を、申請書や添付書類にとどまらず、これらと登記簿、印影の相互対照などによつて判定し、これによつて判定しうる不真正な書類に基づく登記申請を却下すべき注意義務がある。

(イ) ところで、本件偽造事件の数か月前から大阪法務局管内の法務局出張所において、本件と同種手口による不実登記申請がなされ、登記官がこれを看過して受理する事件が多発していたため、これに関しては様々の警告が発せられ、大阪法務局も昭和五三年一二月一日ころ大阪府下の法務局支局長、出張所長会同を開き同種事件の防止を指示した。さらに、今宮出張所においては、昭和五三年一二月一五日、本件と同様の手口による不実登記申請事件(長田事件)が発覚し、その後同月一八日までの間に今宮出張所においては本件登記申請の調査を担当した中村登記官を含めた登記官によつて真正な登記済権利証と偽造の登記済権利証との相違点が詳細に検討された。このような特段の事情のある場合は、通常の場合に比して、その登記申請についての審査をより慎重にし、不真正な書類に基づく登記申請を却下すべき注意義務がある。

(2) 登記済印・庁印・順位番号印の相違

(ア) 本件登記済印と今宮出張所の真正な登記済印を比較すると、真正な登記済印の印影が全体に肉厚であるのに比して本件登記済印の印影は全体に線が細くかつ鮮明である。

(イ) 庁印については、「大阪法務局今宮出張所之印」の「阪」、「張」、「所」「印」等の部分について本件庁印と真正な庁印は字形が異なつており、また本件庁印は真正な庁印に比して全般的に字体が丸味を帯び線が細い。

(ウ) 本件順位番号印の印影はであるのに対し、真正の順位番号印の印影はである。

右のとおり、本件登記済印、庁印、順位番号印と真正な登記済印、庁印、順位番号印とは明確に相違し、特に本件順位番号印には登記実務上絶対に用いられない略字の「」が使用されており、さらに本件順位番号印の印影は長田事件で偽造された順位番号印の印影と同じであり、かつ長田事件の登記申請を調査した登記官と本件登記申請を調査した登記官は同じ中村登記官である。そうすると、登記官は申請人ないし申請の内容について疑いを抱かせる外形的事実を容易に看取でき、慎重な審査をすれば本件登記申請が偽造の登記済証に基づく不実なものであることを発見し得た。

(3) しかるに、本件(一)所有権移転登記申請を調査した今宮出張所登記官は、本件登記済印、庁印、順位番号印の各印影と真正な各印の印影との対照などの措置を怠り、本件登記済印、庁印、順位番号印が前記のとおり真正な各印の印影と相違することを看過し、本件登記済印、庁印、順位番号印が偽造にかかるものであることを発見し得なかつた。

(四) 登記官の過失と原告名神興産の被つた損害との相当因果関係

原告名神興産は、本件(一)所有権移転登記が有効な登記と信じて被告東海観光から本件各土地を買受けたものであるから、本件登記官の前記(三)の過失と原告名神興産の損害との間には、相当因果関係がある。

(五) 登記官は被告国の公権力の行使に当る公務員であり、今宮出張所登記官の右行為はその職務を行うにつきなされたものであるから、被告国はこれにより原告名神興産に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(六) 損害

原告名神興産は、本件(一)所有権移転登記が無効であつたことにより本件各土地の所有権を取得し得なくなり、その結果被告東海観光へ支払つた代金三一〇〇万円(現金三〇〇万円、保証小切手二八〇〇万円)と本件(二)所有権移転登記に要した費用(登録免許税を含む)四三五万円、以上合計三五三五万円相当の損害を被つた。

(七) よつて、原告名神興産は、被告国に対し、国家賠償法一条に基づき、三五三五万円及びこれに対する不法行為後である昭和五四年一月二四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告国の認否及び主張

(一) 請求原因(一)の事実のうち、原告名神興産が本件各土地につき本件(二)所有権移転登記を経由したことは認め、その余の事実は不知。

(二) 同(二)の事実のうち、原告柳田らが提起した訴えの内容、その経緯、本件(一)(二)所有権移転登記が全部抹消されたことは認め、その余の事実は不知。

(三)(1) 同(三)(1)(ア)の登記官の注意義務に関する主張は認める。

(2) 同(三)(1)(イ)の事実のうち、本件偽造事件の数か月前に大阪法務局管内の法務局出張所において偽造登記済証による不実登記申請事件が発生したこと、今宮出張所において不実登記申請事件が発覚したことは認め、その余の事実は否認し主張は争う。

(3) 同(三)(2)のうち(ア)(イ)の各事実は否認し、(ウ)の事実中本件順位番号印の印影が原告名神興産主張のとおりであることは認め、その余は争う。

(4) 同(三)(3)の事実は否認する。

(四) 同(四)の事実は否認する。

(五) 同(五)の事実中登記官は被告国の公権力の行使に当る公務員であることは認め、その余の事実は否認する。

(六) 同(六)の事実は不知。

(七) 被告国の主張は、第二、二6のとおりである。

二  原告名神興産の被告東海観光に対する請求<省略>

第四  証拠<省略>

理由

第一甲事件について

一請求原因1の事実は、<証拠>により、これを認めることができる(本件各土地につき原告柳田ら主張の所有権移転登記、相続登記が経由されたことは当事者間に争いがない。)。

二同2の事実は、偽造文書であることに争いのない甲第二号証の二、三の存在、<証拠>により、これを認めることができる(本件各土地につき本件(一)(二)各所有権移転登記が経由されたことは当事者間に争いがない。)。

三本件(一)所有権移転登記の登記申請書に添付された本件(一)(二)各登記済権利証に押捺されていた本件登記済印、庁印、順位番号印がいずれも偽造にかかるものであることは当事者間に争いがない。

そこで、右登記申請を受理した今宮出張所登記官の過失の有無について検討する。

1  登記官の注意義務

登記官は、登記申請の形式的適否を調査する職務権限を有し、登記申請があつた場合には、申請者が適法な権利、義務者またはその代理人であるか否か、登記申請書及び添付書類が法定の形式を具備しているか否か等を審査しなければならず、その審査にあたつては、添付書面の形式的真否を添付書類、登記簿、印影の相互対照等によつて判定し、これによつて判定し得る不真正な書類に基づく登記申請を却下する注意義務を負うものであるが、右印影の相互対照等の方法としては、原則として対照すべき両印影を肉眼により近接照合してその同一性を判別することで足り、右の方法による対照の結果両印影の同一性について疑義が生じた場合にのみ、さらに拡大鏡を使用し、あるいは、両者を重ね合せたうえ照明透視するなどのより確度の高い精密な方法により彼此の同一性を審査すべき注意義務があると解される。

ところで、<証拠>を総合すると、本件偽造事件の発生する数か月前に神戸地方法務局西宮出張所、同御影出張所等で偽造にかかる右各出張所の登記済印等を押捺した登記済権利証書等による不実登記申請事件が発生し、神戸地方法務局はそのことを大阪法務局に報告し、大阪法務局も昭和五三年一一月末から同年一二月初めにかけて管内の地方法務局に注意を呼びかけ、同月一日の大阪府下の支局長・出張所長打ち合わせ会では同種事件の防止を指示したこと、今宮出張所で本件(一)所有権移転登記申請の調査を担当した中村忠三登記官も、右各出張所での不実登記申請事件を新聞で見て知つていたこと、さらに、今宮出張所において、本件(一)所有権移転登記申請の直前である同月一三日受付の長田幸子申請にかかる登記申請書類を調査していた中村登記官は、同月一五日、右書類中の登記済権利証書に押捺されていた登記済印の中の受付番号の字体の間隔が今宮出張所で受付番号印として使用していたナンバーリングの字体の間隔よりやや広いと感じたので、上司二人とともに、右登記済権利証書が真正なものであるかに疑いを抱いて調査していたところ、右登記申請書を作成した司法書士が調査中であることを知つて他の司法書士を通じて登記義務者と記載されていた吉田周造に連絡したところから、同人が真正の登記済権利証書を今宮出張所に持参したので、この書類と比較対照することによつて前記登記済権利証書が偽造の登記済印、庁印等を押捺された偽造のものであることが判明したこと、その際、右偽造にかかる登記済権利証書に押捺されていた順位番号印の印影は本件順位番号印と同様のものであり、当時今宮出張所で使用されていた順位番号印の印影とは異なつていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定のとおり、近隣の出張所や自庁において不実登記申請事件が発生した場合は、以後においても自庁において偽造の登記済印等を用いた不実登記申請がなされることがあり得るので、かかる事情のない通常の場合以上に、登記申請書類の審査をより慎重にし不真正な書類に基づく登記申請の発見に努めるべき注意義務があると言わなければならないが、他方、<証拠>によると、昭和五三年一二月当時今宮出張所において権利に関する登記の調査を一人で担当していた中村忠三登記官は、一日あたり約八〇件の調査をし、一件あたり五分ないし一〇分程度の間に登記申請書、原因証書の内容と登記簿の記載内容が一致しているか否か、登記済権利証書、委任状、印鑑証明書その他の添付書類が完備しているか否か、委任状の印影と印鑑証明書の印影との一致、印鑑証明書記載の住所氏名と登記簿上の住所氏名との異同、登記済権利証書の形式、内容、押捺された公印等からその真否の調査をするなど登記関係書類を様々な点から照合、確認する審査をしていたことが認められ、大量の登記事務の迅速処理の要請にも鑑みると、前記のような事情があるからと言つて、登記官は多数の申請事件に添付された登記済権利証の全部につき、逐一、拡大鏡を使用したり、対照を要する印影を重ね合わせ照明透視するなどの方法まで用いる必要はなく、審査の方法は通常の場合と同じく両者の印影を肉眼により近接照合をしてその同一性を判定すれば足り、ただ右の判定、審査をより慎重に行うべき注意義務があると解するのが相当である。

2  登記済印・庁印(各印影)について

<証拠>によると、本件事件当時の今宮出張所の真正な登記済印の印影は別紙(一)表示のもの、真正な庁印の印影は別紙(二)表示のものであり、本件登記済印、庁印が作出された偽造の印顆による偽造登記済印の印影は別紙(三)表示のもの、偽造庁印の印影は別紙(四)表示のものであることが認められ、右真正な登記済印と偽造の登記済印とを比較検討すると、外枠の四隅については、偽造登記済印の方が真正な登記済印よりもやや丸味を帯びていること、偽造の登記済印は内部の区画線の太さが外枠の線より少し細い程度であるのに対して、真正な登記済印は内部の区画線が外枠の線に対比して際立つて細いこと、偽造の登記済印の字体は横軸と縦軸の太さがほぼ一様であるのに対して、真正な登記済印はこれに変化があること、内部の区画線については、偽造の登記済印はややゆがんだりとぎれたりしている部分があるのに対し、真正な登記済印は直線であること(もつとも真正な登記済印のうち二個については線がとぎれている部分がある。)が認められる。次に、庁印について比較検討すると、文字の形が偽造の庁印はやや丸味を帯びているのに対し、真正な庁印はやや角張つていること、偽造の庁印が真正な庁印に比して文字の線がやや太いことが認められる。

しかし、<証拠>によると、本件登記済印、庁印は、浅尾鑛太郎ら(本件を含む多数の有印公文書偽造等の刑事々件で大阪地方裁判所で有罪判決を受けた。)が入手した真正な登記済権利証書のコピーから今宮出張所の登記済印、庁印の印影を切り取り、不鮮明な部分は鉛筆で修正し、その印影を原寸大のネガフィルムに写し取り、さらに、合成樹脂製版機を用いて右各印影を刻して偽造した合成樹脂製の印顆を押捺して作出した極めて精巧なものであることが認められ、本件登記済印・庁印と真正な登記済印・庁印とは、その大きさ、形状、字体とも極めて酷似し、前示の各相違点は両者の印影を左右に並べ、時間をかけて線、文字の一画一画につき厳密な比較対照による検討を行うのでなければ容易に発見し得ない程度に微細なものであつて、これらの線の太さや丸味の帯び具合、線のとぎれ方などは同一の印版であつても押す力の強弱、押す方向、朱肉の量、印版あるいは印面におけるゴミの付着状況、押捺する紙の質・厚さ、印版の摩耗の度合等によつて微妙な相違が生ずることは通常避けられないことにも鑑みると、本件登記済印、庁印と真正な登記済印、庁印との右各相違点は、登記官において通常の場合以上に慎重に肉眼による近接照合をしても看破することが著しく困難であつたと認められるから、登記官が右相違点に気付かなかつたとしても、登記官にその注意義務を怠つた過失があつたものというということはできない。

3  順位番号印(印影)について

本件順位番号印の印影がであり、真正な順位番号印の印影がであることは当事者間に争いがなく、右両者の相違は一見して明白であり、<証拠>によると、不動産登記事務取扱手続準則第七一条には順位番号を記載するには登記原因を証する書面又は申請書の副本に掲げた不動産の表示の下部に同準則附録の様式による印版を押印し、該当欄に記載するものと定められていて、本件順位番号印は右様式とは異なるものであることが認められ、また、前記三1認定のとおり長田幸子申請にかかる不実登記申請事件(長田事件)において本件順位番号印と同様の順位番号印が使用されていたことが判明していたけれども、他方、<証拠>を総合すると、本件当時、司法書士事務所によつては、今宮出張所の方で順位番号の記載を落すこともあることを慮つてあらかじめ原因証書や申請書の副本に自己の事務所にある今宮出張所の真正な順位番号印と異なる印影の順位番号印を押捺しておく例もあり、その場合今宮出張所としては順位番号印に限つて右のあらかじめ押捺された順位番号印の印影を利用して順位番号を記入する取扱をしてきたもので、今宮出張所の中村登記官は本件(一)(二)登記済権利証の真否の調査、判定については順位番号印の様式の異同の点はさして重要視してはいなかつたことが認められ、順位番号の記載についてのかかる取扱は、準則の定めに反するものではあるが、順位番号がその記載の様式の如何によつて当該登記済証ないし登記の効力に影響を及ぼすという性質のものではなしことや今宮出張所における登記事務の繁忙と大量の登記申請事件を迅速、確実に処理する必要性のあることをも考慮すると、原因証書や申請書副本に記入する順位番号に関して右の如き簡便な処理方法を行つていたことをもつてこれを違法視することはできないから、今宮出張所の登記官が本件(一)(二)登記済権利証の真否の判定をなすために記入された順位番号印と当時今宮出張所に備付の順位番号印の様式の異同についてさして注意を払わなかつたことは右の取扱の実情からして無理からぬことであつたといわなければならず、本件の直前に長田事件で本件順位番号印と同様の印影が使用されていたからといつて、そのことだけから必ずしも本件順位番号印が偽造されたものであるとの疑いを抱かせるに足る事情が存したとみることもできない。そうすると、右のとおり順位番号印の様式についての相違があることから必ずしもそれが登記官に本件(一)(二)登記済権利証書の真否についての疑義を抱かせるに足りる事情があつたものと認めることはできないから、登記官が順位番号印についての右相違点の認識を契機としてさらに確度の高いより精密な調査方法をとつて本件(一)(二)登記済権利証書が偽造のものであることを発見しなかつたことをもつて登記官に過失があつたとすることもできない。

以上の次第で、今宮出張所登記官が過失により本件登記申請を受理した旨の原告柳田らの主張は理由がないから、原告柳田らのその余の主張について判断するまでもなく原告柳田らの被告国に対する請求は失当である。

第二乙事件について

一原告名神興産の被告国に対する請求

1  請求原因(一)について

原告名神興産が本件各土地につき本件(二)所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>を総合すると、原告名神興産は、昭和五三年一二月二二日、被告東海観光から本件各土地を代金一億一〇〇〇万円で買受け、同日、同社との間で代金中九〇〇万円は本件各土地につき原告名神興産の前の買主であつた辻井石油株式会社が被告東海観光に手付として既に支払つていた九〇〇万円を辻井石油株式会社の承諾の下に流用し、充当することを合意し、翌二三日、被告東海観光に対し、現金三〇〇万円、大阪府民信用組合吹田支店長振出の額面合計二八〇〇万円の保証小切手、額面合計七〇〇〇万円の原告名神興産裏書の約束手形を交付したこと、原告名神興産は、同月二五日、坂口澄二司法書士に対し、本件各土地につき原告名神興産への所有権移転登記申請手続を依頼し、同日、本件(二)所有権移転登記が経由されたこと、ところが、その後、本件(一)所有権移転登記が偽造の登記済権利証、印鑑証明書等を使用してなされた無効のものであることが判明したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  同(二)の事実は、<証拠>によりこれを認めることができる(原告柳田らが、本件(一)(二)所有権移転登記の無効を主張して、右各所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟を提起し、右訴訟において、昭和五六年二月二五日、勝訴判決を得、右判決は同年三月一五日確定し、本件(一)(二)所有権移転登記が全部抹消されたことは当事者間に争いがない。)。

3 今宮出張所登記官に原告名神興産主張の過失が存したとは認められないことは、第一、三で判示したとおりである。

以上の次第で、原告名神興産のその余の主張について判断するまでもなく原告名神興産の被告国に対する請求は失当である。

二原告名神興産の被告東海観光に対する請求<省略>

第三よつて、原告らの被告国に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、原告名神興産の被告東海観光に対する請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(山本矩夫 朴木俊彦 川野雅樹)

物件目録<省略>

別表<省略>

別紙 (一)

別紙 (二)

別紙 (三)

別紙 (四)

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